あと三日
2016.07.30 Saturday
あと三日
抗生物質を飲ませていたなら
もう数日は一緒にいられただろうに
あの時は肝臓の機能を温存する方向で
診療方針は決まった。
勿論それでいいと思ったし
そうしなければいけないと思った。
みくのことがあったから
それが最善なのだと思った。
薬は怖い。
荼毘にふされたふう太の体は
顔の骨がぼろぼろだった。
高齢だったのかと聞かれたが
ふう太は6歳7か月。
薬漬けの6年だった。
体調が悪くなればなるほど
薬を飲むのが本当に嫌そうで
朝に晩にと飲ませるのが日々辛かった。
そんなに嫌ならやめようか
一瞬心をよぎったこともあった。
だけど健気なもので
最後は仕方なく飲んでくれて
素直のかたまりのような子だった。
飲ませなければ
あっというまに衰弱死してしまう。
ほめてほめてほめて
骨ばった体をそっと抱きしめて
温もりを感じては安堵していた。
結局のところ
あと三日
抗生物質を飲ませなかった事に対する
自分への言い訳に過ぎないのか。
あの日…
待っててね
お仕事行ってくる。
そう言い残してリビングを後にして
玄関で振り返った時
いつもの場所から
テーブル下に移動するふう太が見えた。
今までそんな事は一度もなかった。
晩年、みくが居た場所だ。
私を仕事に送り出してから
その時を迎えようとしていたように
思えてならない。
最後の最後まで
健気な子でありました。
私が出かけてから
みくが迎えに来る約束に
なっていたのかな…
06:14 / ふう太 2016.6.14(没)6歳 / - / -